毒親とは一体どういった親?関係性を自ら断ち切ることが必要! 女性 26歳 K.S.さん

自分の母親が毒親と呼ばれるジャンルに当てはまることが発覚し、今までどこかおかしいとは思いつつも調べるにつれわたしと同じ思いをしている人が他にもいたのだと共感し衝撃も受けました。

わたしが経験したいくつかのことをこれから紹介していきます。

幼少期の頃の思い出

とにかく母親の顔色を見て、どう答えれば正解なのかをいちいち考える子どもでした。

そうでなければとてつもなく機嫌が悪くなるか、激しく罵られるか、無視をされたからです。外出先でもミスは絶対にできません。取り立てて酷いことをやらかしたわけでもなくても、ほんの一例だと他者へ挨拶がきちんとできていなかったと思われたらしく親の顔に泥を塗る気かと家に帰ってから罵倒され。

そんなことを何度あったかわからないほどですが深く記憶に残っています。

父の死からさらに毒親モードが加速

小学校高学年の頃に父が急死。今思えば精神的に不安定だった母がさらにおかしくなってしまいました。

あれだけ酷い言動を向けておいて今度は「お母さんを少しでも助けてよ!」と依存モードへ突入しました。小学校高学年で親を助けるとなると経済的援助はできませんし、家のことを手伝うことくらいしかできませんでしたがそれでも不服であれこれと言いつけられました。

もともと家事ができない人でもあったのですが、さらにできないから「しない」に移行され家の中もどんどん荒れてきました。少し自分のもの以外を片付けようものなら「勝手に触るな」「わたしが何もできないと思っているのか」と激昂される始末。

お父さんに帰ってきてほしいと泣いてしまう夜も少なくありませんでした。

恋愛依存モードへ

母は寂しさを埋めるためか、ネットで恋人をみつけては長電話をするようになりました。甘ったるい声を出し深夜遅くまで聞くに耐えない会話が聞こえてくるのは苦痛でした。

部屋数もそこまでなかったので嫌でも聞こえてくるのです。そして、破局となると大荒れ。このサイクルをずっと繰り返していました。わたしの寂しさはどこへ向ければよかったのでしょうか。

毒親から逃げるため

毒親と言えども母親に変わりはありません。そんな思いがそれまでのわたしを思いとどまらせていたことは確かですが19歳の夏に家を飛び出しました。わたしを囲い込むようにしていた母親はそれは気が狂ったかのような状態になっていましたが、振り返らず我が道を進みました。

そこからほぼ縁を切ったかのような状態でしたが、物理的な距離が生まれたこともあり、わたしに子供が授かってから母という立場になってわかったこともあったので、少し連絡を取り合うようにはなりました。

ですがそれでもわたしに植え付けられた恐怖は消えず、心の距離もまだ取り続けている状態です。一緒に壊れてしまうまでに、離れる。これが得策だったと今でも思っています。

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