アダルトチルドレンの原因って?日本人特有の考え方5つが影響!

アダルトチルドレンという言葉の意味を本当に理解している人は、まだまだ少ないかもしれません。本当の意味でのアダルトチルドレンは、機能不全家族の中で育った子どもの事を言います。

機能不全家族と聞くと、とても難しくて専門的な言葉だと感じてしまい、一般的に何の問題もなく過ごしている自分には関係のない事。と思いがちです。

ですが、日本人として育てられたのであれば、その日本人特有の考え方やしつけが行き過ぎると、自分の中にアダルトチルドレンの芽が植えつけられている危険性があるのです。

本当に和の心?協調性に潰されてしまう個性

日本の文化の素晴らしさとして、和の心や協調性が高く評価される事もあって、ひたすら何事も他者に合わせている内に、いつの間にか自分の個性は失われてしまっているかもしれません。

和の心と勘違い?

和の心や協調性というものは、何かを成し遂げるという目標の元に集まった人たちが、助け合い、協力し合ったり、譲り合いをしていくために必要な部分です。

もともとアダルトチルドレンは認められたい。褒められたい。という気持ちが強い傾向があるため、感謝こそされても否定される事は少ない「助け合う」「協力し合う」「譲り合う」という部分だけが非常に大きく育ってしまいます。

ですから、自分の事は後回しにしてでも、相手のペースに合わせよう。世界の中心は自分以外の他者。他者が中心の生き方を和の心、協調性として認識されてしまいます。

そして、そのような考え方の親に育てられた子どもは、間違いなくそれが基準になっているため、どんな時にも他者中心の生き方をする事。イコール和の心や協調性だ。という常識が色濃くなって行きます。

自分の個性を取り戻そう!

おそらくアダルトチルドレンの中には、それが常識。という鉄の概念があるため、それの何がいけないのか?誰かの意見や提案に協力し、助ける事に個性は必要ないし、譲り続けていれば何の問題もなく事が進む。

個性なんて和を乱すだけで何の特にもなりはしない。と受け入れられないでしょう。ですが、考えても見てください。協力し合うこと、助け合うことに個性は必要ありませんか?個々の色んな能力や才能が集まってこそ可能性は広がります。

相手に譲るだけの存在であればただの頭数の1つにしか過ぎないのです。実は、協力し合い、助け合い、譲り合う為には相手と対等である必要があります。

お互いが自分の意見や考え方を持っていなければ、相手に協力することも助けることもできませんし、当然譲り合うという行動の意味を理解する事さえ出来ないでしょう。その為にも、自分の個性を大事にし磨いていく必要があるのです。

空気が読める人?相手重視で自分はおろそか!

空気が読めないとダメな人間だと思われがちですが、自分を犠牲にしてまで場の空気を読む必要ってあるのでしょうか?

KYはダメな事?

空気を読めないと何がダメなのでしょうか?なぜ空気を読まないといけないのでしょうか?これは、前に書いた通り和を乱す協調性のない人と見なされてしまうからです。

    <集団で空気が読めない人ってどんな人?>

  • 自分の事や自慢ばかり話し続ける自己中心的な人
  • 突然、話に割り込んでくる人
  • 自己主張が強く他人の意見を一切受け付けない人
  • 相手の機嫌や顔色が一切うかがえない人

誰でも思いつきやすい空気が読めないタイプの人を挙げてみました。確かに集団にいたら、ちょっと避けたいタイプの人ですが、逆にこういう部分が一切ない人や真逆の人を想像してみてください。

協調性があるというよりも、いるのかいないのか分からない存在ですし、いる事が分かれば、逆に気を使って仲間に入れてあげないといけない。と周囲に気を使わせてしまいそうです。

または、空気を読もうとして気を使い過ぎる事で、楽しさとは無縁で疲れるばかり、人間関係にウンザリして集団からは最初から離れて孤立している存在。このような存在になりがちなのが、アダルトチルドレンなのです。

自尊心を取り戻そう!

アダルトチルドレンは子どもの頃に他人や親の顔色をうかがう事を評価されながら育ってきた事で無意識のうちに、自分の気持ちは二の次にして、人の気持ちやその場の雰囲気をうかがう事が当たり前になってしまっているのです。

それは、自尊心の欠如とも言えるでしょう。自分の評価をする存在が、全て他者となっている事で、自分ではどうにもならない問題までも「まぁいいか」や「仕方がない」と評価を下して諦めたり手放したりできずにがんじがらめになってしまいます。

つまり本当に空気が読めるという事は、いわゆるKYな存在と真逆の存在の中心をキープできるという事です。相手の事も大切に思いつつも、自分自身を大切にできる自尊心が必要になります。

我慢と忍耐?限界まで我慢して立派な病気に!

地震などの天災の時にも我慢と忍耐で苦難を乗り越え、秩序正しくあり続けられるのが日本人の美徳として海外でも賞賛されますが、個人レベルでの我慢と忍耐だけの人生では、必ずと言っていいほど病気につながります。

我慢と忍耐は本当に必要?

「我慢しなさい。男の子でしょ?」「お姉さんなんだから我慢するのが当然でしょ?」子どもの頃に、そんな風に叱られた記憶がある人が多いのではないでしょうか?

親だから、兄姉だから、社長として、部下として、色んな肩書きや負うべき役割を生まれた時から背負わされ、その責任を果たすために生きているような状態です。学生時代、就職して社会に出て、自分で家庭を持ったら、またその家庭で。

「負うべき役割」や「果たさなくてはならない責任」に疑問を感じずに、もしくは疑問を感じたとしても我慢と忍耐で世の中の不条理と戦っていても、やがて限界はやってきます。

限界を迎えると「会社に行きたくない」「家に帰りたくない」「もう、人生を終わりにしよう」そんな風にして社会からバーンアウトしていくしかないということになってしまいがちです。

自己主張をしてみよう!

生まれながらに誰かに負わされた「役割」や「責任」ではありますが、それを果たさなくてはならないと決めたのは、他でもない自分である事をまず自覚しましょう。

そして、その役割や責任は、自分だけが本当に果たさなくてはならないものなのか、よく考えてみましょう。誰かに助けを求めたり、協力を仰いだりできない事なのでしょうか?

自己主張と言うと、自分の考え方や生き方がどれだけ凄くて、どんなに素晴らしいものかを誰かに対して主張する事で、そんな恐れ多いことは無理!と即座に思う必要はありません。

社会からバーンアウトしてしまいたい。と思うくらいまで我慢せずに助けを求めたり、協力を仰ぐ事自体が既に自己主張です。「このボリュームの仕事を私一人でやるのは難しい、誰かと一緒にやりたい」

「いくらパートでも子育てをしながらの家事は辛い。分担して欲しい」そんな一言だって立派な自己主張です。

同情してる?肩入れし過ぎは共依存の第一歩!

私がいてあげなくちゃ、可哀想な人なんです。そんな事を平気で言える人は、とても注意が必要です。それは同情ではなく共依存かもしれません!

同情する意味って?

誰かが不幸に遭遇したり、苦難な状況に陥ったりした時に応援したくなる気持ちが沸き起こります。一見、思いやりに溢れた優しい人や気持ちだと感じます。

ところが日本人特有の「ここで金銭的な支援を申し出れば相手に対して失礼かもしれない」「手を差し伸べる事が相手にとっての優しさとは限らない」などの複雑な深読みが始まり、せっかく感じた思いやりや優しさは行動化されないままに。

ですが海外の人たちは日本で何か災害が起きたらすぐに物資や支援金を寄付したり行動を起こします。相手の気持ちを深読みして探るという習慣がなければ「大変だ!行動しよう」というシンプルな思考だけで行動に出ることができます。

残念な同情止まりの日本人性質に人と比較する事が得意なアダルトチルドレンの要素が加わると最悪な結果を招く事になります。可哀想な相手と自分であれば、常に自分が優位に立っていられる。

つまり相手が自分を見放したり捨てたりする事はない。という無意識の思考が働くのです。こうして共依存の関係は成立します。

共依存から抜け出そう!

アダルトチルドレン自体、既に親との共依存の関係から抜け出せていないまま現状に至っている事が多いでしょう。もしかすると、その関係が健全な関係ではない。正常ではないという認識がないままかもしれません。

対等ではない人間関係は、やがては破綻につながります。対等ではないと感じる人間関係は、無意識のうちに共依存の関係で支配されている恐れがある事を一度疑ってみてください。

まずは気づく事が関係から抜け出す事への最初のステップである事を忘れないでください。自分と相手との関係の修正は、その後に考えていく事です。

勧善懲悪だけ?それ以外の人がほとんです!

この世には善人か悪人しかいない。そして、自分は善人であり、悪人を罰するために善人であろうと日々努力を重ねています。この現代にそんな時代劇のような生き方をしている必要ってあるのでしょうか?

勧善懲悪思考になる理由

偏った価値観を親や保護者から押し付けられるような育てられ方をした人に良く見られる傾向です。しつけという名目でひどい暴力を受けているかもしれません。

そのような人たちは、いわゆる正しい事をしている限りは安全で、正しくない事をすると罰が下る。という認識にされてしまっています。自分は頑張って正しくあろうと毎日努力しながら生きているのに、自分以外のいわゆる正しくない事をしている人が許せないのです。

誰に頼まれたわけでもないけれど「あの人は間違っている。」「これは、おかしな事。」と自分には全く関係のない事にまで首を突っ込み、他人に厳しく、人にも厳しいと言われる人は、損な生き方をしているかもしれません。

善と悪、それ以外に何がある?

人間である限り、完璧な人間であり続ける事は不可能です。そう考えると完璧な善人である事も、完璧な悪人である事も無理な話だという事は明らかです。

だったら、善と悪以外に何があるの?そう思ったら、かなり危険な匂いがします。善に近い悪もあれば、悪に近い善もある。全てが、どちらかに100パーセント仕分けできると思ったら大間違いなのです。

0か100、白か黒。この世の中には1~99までの割合が存在しますし、白と黒の間のグレーゾーンの考え方が圧倒的に多い事を理解する必要があるのです。

まとめ

アダルトチルドレンという言葉は、まだまだ誤解されています。少しだけ意味が分かっている人にとっては、すごく重大な問題で特別な環境で育った人だけの事であって、自分とは関係のない事だと思っている人。

また、その逆で、本当の意味は知らないけれ言葉のニュアンスや印象だけで、大した問題ではなく少し子どもっぽい人の事なのかな?くらいにしか捉えられていない人。とにかく、自分とは関係のない事だと思っている人が大半なのではないかと思います。

ですが、本当のところは、日本人特有の考え方や子育て論、教育論的な部分がアダルトチルドレンを作り上げていく一端であり日本人として育てられた私たちには、アダルトチルドレンの要素を少しも持たずに育っている人は、ほとんどいないのかもしれません。

こんな育てられ方をしたから、こんな教育を受けてきたから、だから自分はダメなんだ。終わった。そう思う必要はありません。こんな自分だという事に気づくこと。そこがアダルトチルドレンからの回復の第一歩なのです。

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アダルトチルドレンを生みだす機能不全家族は親から子、子から孫へと世代間で連鎖していきます。あなたが家族から心の傷を受けて育ったことはあなたの責任ではありません。あなたの出来ることは心を癒すことです。あなたが心の傷に向き合い、癒すことが出来れば、あなたは人生の幸せを感じることが出来、あなたの子供にもいい影響があります。

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