過度な期待を背負う負担と代償

もともと手のかからない子だった、と父は言いました。言うことを聞かない強情な子だった、と母は言います。

同じ屋根の下で、どうしてこうも親それぞれ自分への印象が違うのかが未だにわかりません。確かに、子育て家事は全て母の仕事でしたから、かまってもらって喜んでいる子供だけを世話していた父とは思いが違うのだと思います。

両親の期待を背負って

そんな何につけ意見が合致しない両親が唯一共通していたことが、「娘に老後を見てもらおう」と言う一心でした。5歳上の兄がいますが、幼少の頃から祖母の溺愛を受け、事の良し悪しの判断が曖昧な子供でした。

「自分のものは自分だけのもの、人のものも自分のもの」と本気で思っている子供で、両親からは厄介事を持ってくる息子として煙たがられると同時に、関心を寄せられないと尚更外で何かしら引き起こしてくる癖がありました。兄が中学に上がる頃になると、両親が「あれには頼れない。お前が頼りだ。」と言い始め、生活面において過干渉になったり、勉強について厳しくなったりと両親からの要求が多くなりました。

躾、という意味合いの注意や指摘は理解出来ても、些細なこと、同級生たちがやっていることでも「だめ」と言われる。当然、家にいることが多くなり、友達も少なく、いつも一人だった記憶ばかりです。

学校の成績も悪くはなく、同級生よりは淡々としていたことで、担任には学級委員や何か地域の催し物などの代表参加を薦められたりしましたが、それを良しと思わない同級生からは徐々にいじめと捉えられる行動をとられました。クラス替えなどで担任が変わるたびに「将来が楽しみなお子さんです」と言われることが父の自慢でした。

同級生たちが集団から私をはじくので、居場所がなく、優しい教師たちの元で過ごしたため、「教師受けのいい生徒」になったのだと思います。子供時代に子供と遊ばなかった私は、未だに子供たちが何をすれば関心を寄せるのか、どういう状況が子供にとって良い環境なのかが良くわかりません。

高校教師になってから

27歳で高校教師になってから、初めて10代の男子、女子はこういう風に成長するものなのか、と学びました。私の思春期の思い出は、何があったせいかわかりませんが、ぽっかり空洞のままです。

ただただ、親や教師のいうままに過ごしていたんだと思います。極度に苦しいこともなかった代わりに嬉しいこともなかった、だから記憶がないのでしょう。

先日、高校時代の有志との同窓会がありました。彼らはたくさんのエピソードを抱えて持ってきました。

しかし、私にとってはどれも他人事で、当時の写真などを見ても自分がどこにいるのかもわかりませんでした。大人のいいなりにいい子を演じたおかげで、自分で考えること、集団での自分の立ち位置、自身を見つめることが出来なくなっていました。

思春期を自分のために費やせなかった私の大きな代償と思っています。

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