私は母の着せ替え人形?過干渉な毒母を持った体験と現在の私 女性 26歳 A.G.さん

私は幼少期から大人になるまで親に過干渉で育てられました。社会人になってからは親から離れて一人暮らしをしています。

今思えば、私の母は所謂「毒親」だったと思います。その当時の印象に残っている出来事、そして現在のこと等、私の体験談を紹介します。

幼少期~思春期の家庭環境

私の家族は父、母、妹、私の4人です。両親は子供達をとても大事に思っていたのか、私と妹は昔から甘やかされて育ちました。

そのため、何か困ったことや分からないことがあると全て親が代わりにやってくれました。小学生の頃までは全員仲が良く、良い家庭だと思っていました。しかし、思春期に入ると母の行動が周りの同じ年の子の親と違うことに気づきました。

なにかと干渉してくるのです。そして、成長するに連れて母の過干渉な行動に戸惑い、悩みました。この頃の私は、学校ではクラスに馴染めず友達もいませんでした。この状況を親に言えず、母の過干渉により更に困った出来事が起こりました。具体的にどんなことがあったのか書いていきたいと思います。

私は母の着せ替え人形

特に困っていたのは私の服装や持ち物を全て母が選んで買ってくることでした。母が可愛いと思うものや子供に着せたいと思うものを買ってくるのですが、当時の私が着たいと思う服のデザインとは違って、流行物でもありませんでした。

私は心の中では「こんな服を来て外に出たくない」と思っていました。しかし、その服を私に着せて喜んでいる母の姿を見ると本音を言うことができなかったため、我慢していました。

一緒に買い物に行った時も、私が「これがいい」と言うと母は「そんなのダサいでしょう。それよりこっちの方がいいよ」と言いました。所詮私は母の着せ替え人形なんだな、と思っていました。

追い討ちをかけられた出来事

高校生3年生になり、修学旅行の時期になりました。私は学校に馴染めず、友達がいないどころか軽いいじめも受けていました。だから修学旅行には行きたくないと泣いていました。

すると母はそんな私を見て、新しい鞄を買ってきました。これで私が楽しく旅行に行けると思っていたようです。私はその鞄が嫌でしたが、母に悪いので持っていきました。修学旅行当日、クラスの皆は同じ紺色のスクールバック。

私だけが変なピンク色の鞄で浮いていました。そのせいで、周りの子から変な目で見られました。ただでさえ行きたくなかったのに、母の余計な行動で更に恥ずかしい思いをしました。

しかし母がこのことを知ると悲しむと思い、家に帰って「楽しかったよ」と言うことしかできなかったのです。

現在の母との関係と心境の変化

現在は一人暮らしをして、母の過干渉からは解放されつつあります。

やはり毒親から解放されるには、まず物理的に距離を置くことが大事なんだと思いました。たまに実家に帰るといつも母が私に新しい服を買っておいてくれます。

相変わらず、私の好みではありません。しかし、私も大人になって昔とは違う視点で母の気持ちを理解することができるようになってきました。また、当時自分の気持ちをはっきり言えなかった私も悪かったと思うようになりました。

私は過干渉で育てられ「物事を自分で決める」ということが今でも難しいです。しかし、親から離れて生活することで少しずつ改善しています。

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