本当は自由が苦痛?アダルトチルドレンが自由になれない5つの理由

自由に生きることは、とても勇気が必要な事です。自分の考えや思い、感情や信念にのみに従って生きるという事は、時として集団の中で孤立したり和を乱したり、他人の心をザワつかせる行動でもあるからです。

ですが、アダルトチルドレンが自由に生きられないのには、更に枝分かれしながら複雑な問題を抱えているからです。そして心の奥底では、自由を求める気持ちと拒否する気持ちがせめぎ合っている状態なのです。どうして、そのような状態になってしまうのか?5つの理由について紹介します。

とりあえず自分は後回し!強すぎる責任感

アダルトチルドレンにとって、人の評価や評判、誰かの顔色は気になって気になって仕方ありません。しかも最高で完璧な評価でなければ満足できません。

本当に責任感が強い人?

アダルトチルドレンは、誰かの評価を得るために、とにかく自分の気持ちや信念からは目を逸らして一心不乱に頑張る傾向があります。他の人が諦めたり投げ出したりする事を決して「みんなが無理なんだから、自分にも無理」と投げ出す事はしません。

逆に「自分までが投げ出してしまったら終わりだ!」と燃えてしまうのです。そして、最後まで粘り強く心身ともにボロボロになりながら、やり遂げます。周囲の人たちから「なんて責任感が強い人なんだ!」と賞賛を受けられたら、全ての苦労もスッカリ忘れ去ってしまうほどに。

そして、「責任感の強い人」というレッテルを貼られてしまうのですが、そのレッテルは、徐々にアダルトチルドレンの肩にズッシリと重くのしかかり、ジワジワと苦しめるものの種なのです。

断れなくて自由になれない

一度貼られてしまった「責任感の強い人」というレッテルは、アダルトチルドレンにとっては、非常に大切な評価です。その大切な評価は周囲からの期待であり、その期待には応えなくてはならない。と自動的に考えてしまいます。

今度は、一度「応えなくてはならない」と決めた事は、やり遂げなくてはならない。と、これも自動的に考えてしまいます。このような自動的な思考が、際限なくドンドンと膨らんで行き、巨大な虚像になります。その余りの大きさに恐れをなして潰れてしまうのです。

ですが、冷静に見てみると、大した大きさではない事がほとんどです。しかし、その現実に気づけないまま「断れば自分は全ての評価を無にしてしまい、たくさんの期待を裏切ってしまう」など、この世の終わりのように感じてしまうのです。

ですから、普通に「無理です」「出来ません」と断れば済む事なのに断れず、自分が壊れてしまうまで悩んだり、本当に問題が一大事になるまで手も足も出せずにいた。という事が起きてしまうのです。

アダルトチルドレンが「責任感が強い事」だと思っている事は、実際のところ、単に他人からの評価を求め、得るために、大切にするべき自身の自由を放棄してしまった残骸のようなものだと言えるでしょう。

自分なんてどうでもいい。低すぎる自尊心

自分のような人間は、どうでも良い存在。非常に価値の低い人間だと思ってしまいがちです。しかも、自分が犠牲になる事が美徳だと強く思ってもいます。

本当に謙虚な人?

自分よりも誰かを優先したり、すぐに誰かに譲ってあげたり、自分の正当な権利を放棄してしまったりする事で、なんて謙虚で無欲な人という賞賛を受けます。自己主張したり、貪欲である事は醜く愚かな事だと信じているからです。

なぜ自己主張したり、貪欲である事が醜いと感じるのでしょうか?確かに集団の中で穏やかに生きていける人は協調性があって、譲り合う事ができる謙虚な人。というイメージが強くあります。

そのため、はみ出したくない、誰からも嫌われたりいじめられないように振る舞ってしまっている態度は「謙虚な人」というイメージを持たれます。

内心はストレスだらけ

誰からも嫌われない生き方なんて、そもそも不可能でしょう。誰にでも自分の意思があります。その意思を他人から否定されたり歪められれば、人は誰でもストレスを感じます。

ですが、アダルトチルドレンは、嫌われないためにその意思でさえ相手に合わせて本来のものを否定したり変化させながら自分を押し歪めて対応し続けるのです。だから、当然のように、その内側は大変なストレスだらけ。

そのストレスの原因にも気づく事が出来ず、何で毎日がこんなに苦しいのだろう?と悩んだり、有無を言わさずに身体症状として体に何らかのサインが出現してしまう事も珍しくはありません。

自分の自由な意思さえも、他人のために歪めてみたり、蓋をして見えないようにしてしまった結果、このような事態を招いてしまうのです。

自分勝手は以ての外!大きすぎる依存心

自己主張しないという事は、相手任せだという事でもあります。任せていると言えば聞こえは良いのですが、単におんぶに抱っこで相手に依存しきった状態になりがちです。

何でもお任せ主義

お任せ主義なら楽チンで、何の問題もストレスもなく、自分自身は自由気ままなのでは?と勘違いしては、いけません。実は、お気楽、お任せ主義とは裏腹な問題を抱えています。それが、どんな問題なのかをリストアップしてみましょう。

    <お任せ主義の問題点>

  • 評価が気になるので、お任せし切れず、中途半端に絡んでしまい「じゃあ自分でやれよ!」と面倒がられる。
  • どこまでお任せしたら相手の負担にならないか?等をとノンストップで考え、思い悩んで辛くなる。
  • 次は相手が自分にお任せしてくれると期待しているが、期待を裏切られると腹が立つ
  • お任せする事は甘える事だと勘違いしているため、何も自分でしない横着な人だと勘違いされやすい

本当は任せられてない

何かを人に任せる、委ねる。という事は、自分の代わりに過程を実行してもらうだけで、その結果の責任は自分がとるという事だと理解していないため、自分は結果の責任を取らなくても良いと気軽に考えている事が問題なのです。

相手の事を信じているからこそ、任せられるのですが、アダルトチルドレンは、信じられるのかどうかを試す手段として、相手に依存してみたり、形だけお任せしている様子を見せたりします。

しかし、そのような行為や考え方は、すぐにバレてしまい、ただの面倒臭いこじらせ屋だと思われます。仲間や頼れる存在を強く求めれば求めるほど、間違った方法をとってしまうため、逆効果となり信頼や仲間を失ってしまう結果につながります。

これは、本当の意味で誰かや何かに頼る事が出来ないことで、自分の自由を得る事が難しい状況になっていると言えます。

「もしも」が不安で動けない。先取り不安の塊

「もしかしたら」「こうなったら、どうしよう」と常に先々の事が不安で仕方がありません。そうなった時の対応策を準備すれば良いだけの事ですが、それが出来ないために身動きが取れなくなります。

常に最悪の事態を想定

側から見れば、かなりどうでも良い事と感じるレベルまで深く悩みます。悩み始めると、それが、どの程度の大きさの問題なのか?という事が全く分からなくなってしまうのです。

夕飯の献立レベルの悩みが、悩み考えあぐねている間に、いつの間にか膨らみ過ぎて、この世の終わりのような大問題になっていることも、それほど珍しい事ではないでしょう。

そのくらい、日常の些細な問題が、常に直結的に最悪の事態に至るまでをシュミレーションしてしまうのです。ただ、アダルトチルドレンは、シュミレーションの内容が違います。対応するシュミレーションではなく、対応できないというシュミレーションを行なってしまう事が問題なのです。

自分を追い込むための材料

問題が起きても、多分、手も足も出ない。どうしよう、もうどうにもならない。そんな思考に支配されていたら、本当に動かない事、何もしない事以外は自分を守る手段というものが見つかりません。

本来、そんな現実はあり得ないのですが、過去の失敗経験は鮮明に覚えていて、自分が自由に身動きできないように縛り付けておくために追い込むための材料にします。

そして、思考や行動は、完全に自分の勝手な先取り不安に支配され、安全を求めて行動を制限されたり、言動に敏感で慎重になり過ぎて自由とは縁遠くなって行きます。

叩き過ぎて石橋が落ちる?自分から閉ざす道

慎重な人の例えで「石橋を叩いて渡るような人」と言います。しかし、相手を疑い試すという行為を繰り返し、結果的に叩いて叩いて、叩き壊してしまうような人もいるのです。

「壊れた」と「壊した」の違い

自分には価値がない、とか、自己肯定感が低いと言いつつ、突然他人の事を信じられなくなる事があります。疑い始めたら、きりがない。というくらい、疑い疑念を晴らすための試しを行い、また疑う。というエンドレスなループに陥ります。

それは、石橋を叩いて叩いて確認している状態と同じでしょう。もっと大きな重いハンマーで叩いてみないと安全性がわからない。と重量を増していく内に石橋も限界を迎え壊れてしまいます。

そうなれば、そうなった時で「ほら、やっぱり壊れた。」と試した人は納得するのでしょうが、その疑念は壊れる事では立証されませんし「壊れた」のではなく、自分の手で「壊した」のだという状況を理解できていないだけの事です。

壊れる事が前提だから

「石橋」は「人間関係」です。普通ならば、その人間関係を信用したり利用しながら「社会」という川を安全に渡りきる事ができるでしょう。しかしアダルトチルドレンにとって、人間関係は壊れる事が前提の存在です。

ですから、壊れない事を信じたい、試したいと思って自分がとっている行動が実際は壊すための行動なのだという事を理解する必要があります。絶対に壊れない石橋は存在しない。だから、試したり、自分から壊そうとするような行動には何の意味もなく、労力の無駄遣いです。

叩かなくても、壊れそうな石橋を見分けるコツや賢さを身につける必要があるでしょう。そうでないと、自由な人間関係は決して築く事ができません。

まとめ

アダルトチルドレンにとって、自由とは諸刃の剣と言えるような存在であり、非常に不自由な状況であると言えるでしょう。これまでの人生の中で、望むと望まざるに関わらず、自由ではない環境に身を置き、そこに適応してしてきた結果です。

水中の魚が、急に空気中に放り出されて「自由にしていいよ」と言われて苦しんでいるようなものです。しかし、魚ではなく人間である自分を自覚しなくてはいけません。

つまり、制約の中で生きる必要がなくなった環境を受け入れ、今度は、そこに適応して生きて行こうと自分自身が決める事ができたなら、やっと本当の自由を手に入れられるのです。

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